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2010/02/23 Tue 10:16

2月28日 
日曜日なのに事務所に池田会長、石川議員すでにきていた。会長に昨日のお礼を述べ、町議会の状況を聞く。6月町議会議員選挙の対応について議会終了後直ぐに総合選対を結成する事を確認し明日国会日程を見て細部について電話で相談する事を確認する。参議院選挙控え、県議擁立問題もあり強力な組織体制を築く必要がある。10時から。石川議員がお付き合いしている障碍児を抱える「たんぽぽの会」「アットホーム」の代表者との話し合い。時間が12時近くまで弾み、「障害をもっている子供の人権を尊重し守る。」言葉として言うのは簡単であるが、障碍児をもつ親の思いは熱い。老人の多機能施設機能をもつ障害者の為の多機能施設があれば・・・行政に頼りながらも自分たちで立ち上がる事ができるのか・・・障教組(教師の組合)、関係者など相談し今日の話し合いを活かし環境整備を進める。たんぽぽの会定例会に出席することなど約束する。12時から晃運転、石川議員と街宣活動、途中遅い昼食、街宣しながら支持者回りである。77歳である元市議会議員伊藤宅に伺い宣伝カーに同乗して頂く。途中休憩し、鶴岡第5学区世話人体制を組織して頂くことをお願いするとともに明日の街宣活動お願いする。伊藤氏は気持ちが若くて行動力がある先輩である。人一倍、今の危機的な社民党に対する思いが強い。伊藤氏と同じ思いを持っている先輩は多いが、その先輩とじっくり話し合う自分の時間がもてない事を歯がゆく思う。ぎりぎりまで街宣し18時「いなほ」で上京、23時すぎ宿舎に着く。TVで日曜討論、「各党の国対委員長討論」、いつもは9時からであり見られない番組でもあり最後まで見て寝る。


2月27日 
朝から出っぱなし、お昼に事務所により国会見学ツアーお礼申し上げる。山形県商工会連合会小野木会長と8時で約束していたが少し遅れてしまう。厳しい雇用情勢打開の為に、県内の求人状況つき合わせ、そして教育訓練制度の受け皿として商工会が担えないかどうかの相談である。話は前に進み具体的に進めることになった。また、新エネルギーの取り組みとして相談されている件について、息子の社長から来ていただき計画内容がはっきりしてきたので3月3日社長から上京してもらい担当部署と相談する段取りをとる。「こめ工房」斉藤代表と会い、米価などモデル事業について意見交換、農協など座談会での特徴的な意見、転作面積配分通知書に「加工米」だけ配分されて通知されてきている動きを見ると、新農政「田んぼフル活用」がまだまだ理解されていないと言う感じであるし問題点もあるようにも感じるし、独自の農政懇談会開催しなければならないと思う。3月中に企画する、その準備始める。A建設社長と建設状況お聞きし、K工業社長とも状況聞くために訪問する。両会社とも土曜日なのに年度末で工期近くフル回転、忙しいと活気ある。出身単組である庄内町職労定期大会、県本部に専従副委員長を送り出す。地域主権戦略会議が動きだし、国と地方の関係が大きく変わっていく中で自治労の奮闘に期待したい。日中友好協会定期総会に出席、池田後援会長が会長である。昨年インフルエンザで延期した「日中の旅」今年は実行すると会員はりきる。会員の中に私の「つれづれ日記」毎日見ている方が3人いてエール頂く。「余目中学校修学旅行国会見学会に、吉泉が来なくて加藤代議士が来るのはなぜか。」と、聞かれショックであった。地元に私がいるのに加藤代議士が顔を出すとは私だけでなく支持者も残念だと思う。電話で関係者に聞くと「案内はしていない。」ということであった。「秘書が学校恒例の事業であり事前に日程調べて代議士の日程調整して対応しているのでは。」と言うことであり、自分自身反省する。中学生には国会見学に顔を出した代議士を成人なっても覚えている人たちが結構多い。ましてや、両親に楽しい旅行を話すから加藤代議士が顔を出して挨拶したのでは・・・・自分自身の大きなミスである。2次会誘われるが明日の行動予定やこの件もあり、丁寧に断りタクシーで自宅戻る。


2月26日 
ゆっくり休み目が覚めたのは6時前、朝風呂に入りタクシーで九段会館へ、地元のみんなと朝飯、昨晩失礼したことをお詫びしながらも、会話がはずみ美味しい朝飯会であった。私鉄総連傘下の庄内交通バスでガイド付きで来ているが、国会見学は私の任務、秘書に昨日のお礼を述べ受け入れ準備、40人を10人づづの班わけ、班行動の確認、バス駐車場手続き、会議室申請、通行証申請、お茶、資料など秘書は準備に追われてんてこ舞い。
国会見学は毎日全国からくる。中学、小学校、一般団体など、今日も多くの見学者、時間限られている為、案内役の衛士にお願いし私達は別ルート、2時間はあっという間、国会内での買い物、議場内での記念撮影(原則禁止だが無理にお願いする、議員随行の場合に限り大目に見てもらえる。)国会議事堂前での記念撮影、町議会議員4人そろってきて頂き先頭に立ってリードしてもらう。多忙のなか参加して頂いたことに感謝する。交通政策会議に宇都秘書に参加してもらいバス見送りまで同行する。12時半、東北ブロック田山事務局長とお昼はさんで打ち合わせ、参議院選挙各県の候補者擁立状況報告受ける。組織対策状況など、秘書と月要否まで地元での活動予定、当面の任務確認しながら羽田へ向かう。タクシードライバーは横浜住民、社民党頑張れとエール頂く。途中、斉藤望に迎えお願いする。飛行機トラブルがあり大幅に遅れる、日曜日から鶴岡街宣確認電話し受け入れ体制確認する。18時社民党酒田飽海支部旗開きに間に合う。入党した斉藤望を紹介する。S職場で私のブログが静かなブームが起きていると言う話があり嬉しく思う。二次会まで付き合い自宅戻ったのが11時半、当然、妻は夢の中である。


2月25日
 目が覚める、1時過ぎである。昨日床に就いたのが12時すぎ、寝れない。参った。起きて朝風呂、デニーズへ、しかし、眼鏡忘れてきたので仕事にならず。3時半で電車動いていないのでタクシーで議員会館へ、鍵が掛っており入れず。インターホーンで呼ぶ、仮眠していた守衛さんを起こして申し訳ない。4時前である。執務室で日程確認しながら原稿整理、8時半から社民党幹事会、青森三上幹事長来ていると連絡入る。幹事会終わって三上幹事長と青森、東北の上京意見交換、青森元気良いがやはり財政厳しくほとんどの活動家ボランテア、頭が下がる。どうしても参議院選挙で結果出さなければならないし、その方針具体的にださなければならない。衆議院は今日が山場、断続的に予算、議会運営委員会開催される。1時から本会議高校授業料無償化関連法案提案、自民抵抗、議長、議員運営委員長解任決議提出、20時前で終わり、予算委員会分科会再開、私の質問時間21時まえからになる。地元の人達が40人きて夕食懇談時間がパーになり秘書に対応お願いする。質問入る前にタクシーで会場に5分間だけより挨拶して戻る、質問は「地域主権」に絞り原口大臣と1問1答方式である。内容はホームページ国会にクリック、質問終わり9時半、秘書に連絡すると夕食懇談会は解散、池田会長に連絡すると既にホテル、仕方なく明日皆と朝飯とる事、午前国会案内する旨で今日の失礼を許してもらう。前回の質問も同じ動きだったが自民党抵抗で私のスケジュールがメチャクチャになり頭にくる。執務室に記者がきて懇談し11時まえ宿舎に帰る。今日はくたびれた


2月24日
 八王子みなみの駅7時スタート、約1時間つり革につかまり満員電車、疲れるがたまにはいいものだ。狭いが新聞読んでいる人、化粧直している人、眠そうな顔、携帯電話とにらめっこ、メール、ゲーム・・・話声は聞こえない。田舎者の私には不思議である。いつも同じ駅、同じ時間で通勤しながら話しかける人がいないとは、降車してもモクモクと歩く姿をみると、やはり私から見れば変である。今日は9時半から又市副党首と労働組合挨拶回り、森林労連、JR連合、労金、全国ユニオン、午前中で終わる。独立法人、不採用問題、労働者派遣法の問題、など課題を抱えている。社民党労働担当として、しっかり受け止めながらも責任は大きい。その中でも24年目に入っているJR不採用問題、年度内解決に向けて又市副党首汗をかいている。最終段階にきての昨日の会議内容、一部マスコミに流れその対応に副党首追われる。政治決着に向けて最後の踏ん張り処である。この内容は明日の常任委員会で報告があると思う。明日と明後日と予算委員会分科会決まる。1人30分の持ち時間である。私は総務分科会に手を挙げている。しかし明日は本会議開催予定である。自民党欠席のまま開催するか。夜の理事会でないと分からない。この前の件もあり、はっきりしないうちは地元に連絡しない事を秘書にお願いする。質問内容は「地域主権」に絞り準備している。2時半から経済対策、雇用対策で担当部署と打ち合わせ、4時から質問内容通告しレクチャー受ける。6時からホームページ打ち合わせ、終わっても質問は明日なのか明後日なのか判らない。自民党の動きも活発である。しかし、年度内予算成立するには今月中に衆議院通過させなければならない。「政治とカネ」証人喚問求めて審議拒否続ける自民党とガチンコのままである。ホームページ指導していただいているM氏から赤坂で1品500円、社民党支援の中国料理店あると紹介され、秘書たちと夕食に出かける。その店は山形舟形出身伊藤元運輸大臣から仲人して頂いたオーナーの店であり写真も飾られていた。名刺交換して楽しく飲食、国会対策室から明日4時半から質問に立つ事が決まったと連絡入る。しかし話題つきず結局閉店近くまで会食、明日は40人地元から国会ツアーにくるし、その対応や質問原稿最終つめが残っているのに・・・、宿舎戻り整理準備する。


2月23日
目玉政策である「子ども手当」法案審議入り、しかし自民党欠席のまま提案され審議始まる。今日は9時から予算委員会、委員会での初質問である。時間はたった10分間、4質問準備していたが3質問に変え「雇用問題」で望んだが、1問毎に大臣答弁あり、あっという間に時間切れ、自分の次は2時間半自民党の質問時間である。欠席のまま黙って出てくるのを待つ。時間勿体無い。自民党が審議時間足りないと言い、私達の時間を削って「審議をしよう」と呼び掛けているのに、この態度は頭にくる。12時45分代議士会、1時から本会議開催、公明、共産、みんなの党出席自民欠席、野党足並み乱れたままでの本会議開催である。終了後予算員会、公明党から野党の質問時間である。私達時間を譲っている為に野党は小さい政党でも時間がたっぷりある。すこし羨ましい思いである。このことを隣の共産党議員に「もう1人質問2巡した?」と・・・19時から八王子市に住んでいる庄内町出身で活動家である方と社民党書記と一緒に会い社民党入党勧める。優秀な方で政治に詳しい。話がはずみ23時過ぎる。姉の家へ連絡し泊る。24時過ぎていたが家族揃って待っていてくれた。ありがたい。電気がついて暖かい家に戻るのは、やはり宿舎はさみしい。しばらく国会状況や母の体具合など話すが1時過ぎるので休む。


2月22日 
昨日最終新幹線で宿舎に着いたのが24時廻り直ぐに休んだので、朝5時のニュースで長崎県知事選挙、町田市長選とも敗れたことを知り、大きなショック受ける。2つの選挙とも勝てたはずなのに負けるとは・・・「政治とカネ」有権者はしっかり受け止めている。この現実を直視し行動していかなければならない。お世話になっている曽戸氏は責任感じて丸坊主に近い頭にしている。社民党渕上選対委員長からFAXで敗北宣言メッセージ届く。
自民党は証人喚問要求など一段と強硬な態度、審議拒否に入ることを決める。9時からの予算委員会、理事会出てこない。しかし、委員会での質疑は進む。午前中の予算理事会で正常化に向けて与党は明日の委員会質問時間を与党30分とし残り5時間30分を野党の時間とすること決める。与党30分を民主20分社民10分とし決めるが予算委員会終了後理事会再開し協議する。与党は自民出席するよう努力する。しかし、自民欠席のまま再会、私の質問時間10分として決まる。20分が10分となり原稿修正、服部氏の代人として3時45分与党議会運営委員会、4時からの議会運営委員会に出席する。内容は本会議開催の件である。「23日、子供手当て、25日高校授業料無償化に関する法案審議をはじめる。質問時間は民主、自民、公明各15分、共産7分社民23日だけ5分」と与党が提案、(与党理事会で私は質問時間社民5分を10分と要求)この提案に対し自民党理事抵抗し休憩入れて延々と協議続くが委員長判断で23日の本会議だけ委員長職権で開くことを決定する。恐らく明日の本会議も自民だけ欠席し開催なると思われる。終了後社民党国会対策室に報告し。執務室へ秘書に報告し明日の質問準備、明日の質問に立つ事と「ひでお行動」メール登録して頂いている処へ送る。小さい政党だけに自分の所属する委員会だけでなく出席でき多くの経験ができるが、あまりにも野党に質問時間を与えている感がする。しかも野党の半分以上が自民党時間、そして欠席その時間がもったいない。与党ゆえに社民党時間、議員数が少ないから持ち時間も少ないとは、でも考えてみれば質問の機会が多くあるのは嬉しい限りである。明日で3回目、今週25日26日の分科会で質問立てるように努力するし、農林水産常任委員会、各特別委員会での質問と・・・・・
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